kobutayabutaのブログ

アメリカで、ギルド、ビーに10年参加。

ダブルT


1997年制作

仲間が「まこの為に買って来たわ

フィードサックよ」

ダブル・T。

私の最も縁のある

テネシーとテキサスの「T」

柔らかいキルトになりました。


私が、キルト作りを始めた頃は

日本では、まだ、キルトが認知されていませんでした。

テネシー時代、私は余りキルトを作らず

学ぶばかりでした。

子供が、言葉を発する前に

黙って周りに耳を澄ませて

学んでいるように。

参加したビーは、

毎週一日、朝から夕方まで

みんなで、フレームを囲み

キルティングをしました。

仲間のキルトだったり、

教会を通して、頼まれたものだったり。

お昼は、みんなでお弁当を囲みました。

仲間のキルトが、出来上がると

その人が、ランチをみんなにサービスしました。

町一番のレストランのオーナー、ジャクリーンのキルトが、終わると

レストランから、ランチが届きました。


町の中心にある、

大きな教会の大きな講堂で、

ビーは開かれていて

日により人数は変わりましたが

10人前後でしたでしょうか。

人数により、フレームも1〜3個

組まれて、数人で、それを囲み

おしゃべりしながら、針を動かします。

私は、同時進行はできませんでした。

最初はね。

たった一人の日本人でしたから。

でも、頑張っている人には

優しくなるものなのでしょう。

みんな、優しかった。

楽しい時間でした。


その頃、私はキルトそのもの。

キルト・トップ、ブロックなどなど、

買っていました。

そして、ほどいたり、繋いだりしながら、学んで行きました。

仲間も、時々、私に協力して

興味のあるものを見つけると

買って来てくれました。

この「ダブルT」も、そのひとつ。

満ち足りた時間でした。


世界は、どうして一つの言葉にならないのでしょう。

かつて、エスペラントが、ありましたが

今は、殆ど聞きません。

世界中が、一つの言葉で話し、理解し合えたら、どんなに楽しくなるでしょう。

分かり合えるでしょう。

無理な事は、充分解っています。

でも、

時々、夢を見ます。


意外に寒い日。

グラタンで。